喜びの瞬間に立ちあいたい

「困難は分割せよ。」(デカルト)

 以前から知っていた言葉ですが、その意味についてじっくり考えるようになったのは、遠山先生の著書『数学の広場』シリーズを読んでからでした。そしてそのきっかけを与えてくれたのは、さなちゃん(仮名)との授業です。

 

 彼女は特別支援学校小学部の4年生。ノートにコツコツと書く勉強よりも、ものを使い手や体を動かして遊ぶのが大好きです。最近2ケタの数をはじめましたが、「23」を読もうとしても周りに気がそれてしまい、十の位を見過ごし「うー、さん!」となってしまいます。ダウン症があり、発語する大変さもありますが、原因はそれだけではありません。実は2ケタの数を理解するにはいくつかの原理原則を知る必要がありますが、わからないまま先にすすんでしまうことが多いのです。その一つに「読み方」があります。十以上の位はそれぞれの数字の後ろに位の名前を付けますが、算用数字には位の名前が省略されているため覚えていなければならないのです。

 

さて、さなちゃんにどうやって気付いてもらえるかが考えどころです。以前、座標の羽目板遊びにはまっていたことを思い出し、2ケタの数にも取り入れてみました。縦軸を十の位(赤色)、横軸を一の位(青色)にして2ケタの数字カードを座標のマスに置くゲームです。すぐに関心をもってくれましたが、はじめはどちらかの数字だけに注目してしまい、片方の軸しかあいませんでした。しかし、そのうち「色」に注目して赤の2は縦に「(いち)じゅう、にじゅう」、青の3は横に「いち、に、さん」と動くことがわかってきました。そしてとうとう下から2こ目左から3こ目にカードが置けるようになりました。さらに縦の動きに言葉を乗せて、忘れずに読めるようになってきたのです。

 

これはまさにデカルトや遠山先生のいう「分析と総合の論理」の効用ではないかと思います。「23」を十の位の「2」と一の位の「3」に分析して座標点を打つように総合させた結果、「にじゅうさん」がわかったのです。彼女の論理的思考に脱帽します。

 

 問題ができたとき、さなちゃんの体中から喜びのパワーが放出されます。そして私の心にまでジンジンと響き、思わず二人でハグしあうほど大きな力になるのです。遠山先生は晩年、八王子養護学校に通いそこで出会った子どもたちの「爆発的な知的好奇心」を目撃し、感動を覚えたというエピソードを残しています。それは残りの人生を障害児教育に捧げようと決意されるほど衝撃的だったそうです。遠山先生の境地にはとても到達できませんが、私の原動力もまたご一緒する生徒さんたちの「爆発的」な喜びの瞬間に立ちあいたいという思いにあります。一人ひとりの学ぶ喜びを求めて私の「分析と総合」はこれからも続きます。

(伊藤千枝)