数学は文化

遠山啓先生は数学者で教育者ですが、また、哲学者でもあると著書を読むたびに思います。本の中には心を打つことばがたくさんあり、いつでも多くのことを教えてくれます。それだけでもすごいことなのですが、驚くべきは、何か困ったことにぶつかった時や答えが見つからずに立ち止まっている時にページを開くと、そこに必ず先を照らすことばがあるのです。いつからか、悩むことがあると先生の本を読むようになっていきました。

 

この二年ほど、私は分数ドリルの編集に取り組んできました。整数のたし算からはじまり、小数分数のかけ算わり算までを網羅するドリルシリーズで、これを完結させることを目標にしていました。書いていくにつれ、「水道方式」が大切にする「量」の学習が分数の理解にいかに必要か、が今さらながらつくづく感じられていきました。それがしっかり教えられていないために、分数の学習が難しくわかりにくいものになっている現状も見えてきました。しかしもう一方で、「分数って生活に役立つ?」という問いがあり、もやもやと広がっていきました。整数の四則計算まではできるようになってほしいとは多くの方が思うところでしょう。小数もかろうじて、消費税など生活で必要となる場面が多いことで学びたいところです。でも分数は?本当に必要?……。

 

そんな時、先生のことばに出会いました。

 数学は「人間が長い歴史のあいだに創りだした文化の一部分」で、教育とは「まえの世代までにたくわえられた文化・知識・技術を身につけ」る手助けをし、それをもとに「自己の世界観・人生観をつくりあげ」ていくためのもの

 だというのです。

 

 文化を伝え、それによって世界観や人生観といった自分で考え選択していける基盤をつくり上げるために、私たちは日々子どもたちに向き合っているのです。学びに困難があることで、そこから遠ざけられていいはずはありません。まして、彼・彼女たちのもつ困難さによって経験量が限られてしまうようであれば、なおさらその機会と時間を増やしていくべきなのです。そう先生は教えてくれています。分数が役に立つかどうか、という狭い視点ではなく、文化として伝えるべきで、そしてよりよく豊かに生きていくための手助けとなるものだ、という大きな視点で見なければいけないのだと気がつきました。

 

できるだけのものを学んでもらえるようにという思いで、だれでも楽しく学べるよう工夫を重ねて、この秋に分数ドリルは何とか完成することができました。

(千田悦代)